霧の向こうに灯った光は、
誰もいないはずの島にあった。
港の鐘が七つ鳴り、最終便の渡し船がちょうどタラップを引き上げた。白い霧が海から石段をはい上がり、あなたの靴のまわりをゆっくりと流れていく。遠くでは帆柱が風に揺れ、綱が木の柱に触れるたび、かすかな音が規則正しく響いていた。濡れた地図を折り畳み、ポケットに戻す。今夜はまだ明かりのついている宿を見つけて、長い旅を終えるつもりだった。
「この港の方では、ありませんよね?」
声は古い灯台の陰から聞こえた。青緑のマントを羽織った若い女性が、石壁のそばに立っている。栗色の長い髪が潮風に乱れ、指先には一通の手紙が固く握られていた。封筒の角はしわになっているのに、深紅の封蝋には傷ひとつない。そこには見慣れない紋章が押されていた。小枝をくわえた海鳥が、端の欠けた月へと飛んでいく姿だ。
彼女は閉まりかけた港の門を振り返り、意を決したように二歩近づいた。ランタンの暖かな光が頬を照らす。眠れない夜を過ごしたような疲れと、それでも手放せない期待が、その横顔に浮かんでいた。
「エリンといいます。この手紙を、届けていただけませんか」差し出された封筒の向こうで、彼女の声が小さく震えた。「海の向こうの、灰鴎島――はいおうじまへ。できれば、夜が明ける前に」
彼女の視線を追う。霧の奥に、島の輪郭がかすかに見え隠れしていた。船影も、人の声もない。ただひとつ、小さな明かりだけが灯っている。海に沈みそこねた星のように。
霧の港、古い灯台、青緑のマント、封蝋を施した手紙。挿絵には、そのときの物語の内容が反映されます。
あなたは、そのまま物語を楽しむだけ。
画像用のプロンプトは不要です。
手紙を受け取るが、すぐにはしまわない。封蝋の海鳥を確かめてから、霧の向こうの明かりへ目を向ける。
「届けるのは構わない。でも、教えてほしい。あの島には誰がいる? それに、どうして夜明けまでなんだ?」
エリンの手が宙で止まり、やがてゆっくりとマントの中へ戻った。あなたは返事を急かさなかった。背後で、港の門に錠が下りる重い音がした。この問いを避けては通れないと告げるような音だった。
「昔は、父が住んでいました」ようやく彼女が口を開いた。潮風にマントの裾がめくれ、その裏地に、封筒と同じ海鳥の紋章が縫い込まれているのが見えた。「三年前、島の灯台が消えたんです。捜索隊は七日間探して、壊れた羅針盤をひとつ持ち帰っただけ。それからは、灰鴎島に生きている人はいないって、みんなが……」
彼女は首から銀のペンダントを外し、留め金を開いた。中には、小さな鏡がはめ込まれていた。表面は擦れて曇り、縁にはほとんど読めない文字が刻まれている。島の光がまた瞬くと、鏡にも細い光が走った。一度、二度、三度。短い間を置いて、今度は長く。
「でも、昨夜からあの灯りがついているんです。短く三回、長く一回。父が教えてくれた合図です」エリンはあなたを見つめた。ためらいが、今ははっきりとした願いに変わっている。「夜が明けると大潮で、古い桟橋が水に沈みます。今夜を逃したら、もし父がそこにいても、また長く待たなくちゃいけない」
あなたは手元の手紙を見下ろした。湿った紙から、かすかに松の木の香りがする。封蝋の下には、古い服からほどいたような細い青い糸が挟まっていた。彼女の話をどこまで信じてよいか、まだわからない。それでも、島の灯りと鏡が呼応しているのは確かだった。そのことに気づいた瞬間、遠くの光がふっと消えた。
岸辺で、木の櫂が水をかく音がした。片目の船頭が船着き場から顔を上げ、封筒を見て、それからエリンへ視線を移した。「灰鴎島へ行くのかい」低い声だった。「船なら貸せる。だが、その手紙は海の上じゃ開けないほうがいい」
エリンは何も言い返さなかった。ただ半歩下がって、桟橋へ続く小道を空けた。霧はますます濃くなり、遠くにはもう明かりひとつ見えない。次にどうするか。決めるのは、あなた自身だ。